ヨーガ・セラピーとの出会い・心身症の一つであった腰痛との向き合い方

アシュタンガ・ヨーガを毎日の生活の一部として練習を続けているが、アシュタンガ・ヨーガを練習しだして3年くらいが経過した頃、「先へ進みたい」、「今チャレンジしているアサナができるようになりたい」だとか、今習っている先生、当時はしょっちゅう地方のタリックのワークショップに参加したり、マイソール東京に練習を見てもらいに行っていたので、「次にタリックに練習を見てもらう時までにはこのアサナができるようになって見てもらいたい」といった先生に求めてもらいたい願望や前に進みたい気持ちが強すぎて、自分の体の声に耳を傾けることができずに腰をひどく痛めてしまったことがあった。

アシュタンガ・ヨーガに恋をして、練習に超ストイックに励み、毎朝4時過ぎには起きて神戸から大阪のヨガスタジオに週6で通い、東京のマイソール東京に通ってタリックに習いにいったり、マットに練習を見てもらったり、本当にまさしく「アシュタンガ・ヨガ狂い」の状態だった。

 

そんな時、大阪でのマイソール練習で大阪で無理なバックベンドの練習がたたり、腰をひどく怪我してしまったことがあった。

もともともう高校生の頃、大学受験で長時間の勉強での姿勢がたたって腰痛になり始めたのがスタートでずーっと長年腰痛持ちだったのをヨガで解消したくてはじめたはずなのに、ヨガの無理な練習がたたってひどい腰痛になってしまった。練習をしていてもずっと痛いし、でも練習はやめたくない。腰を怪我したのは特に自分の先生と思っていない人と練習していた時だから、私が先生だと思っている人にはアドバイスが貰いに行ける、と思っていた。

でも毎朝、出勤前に神戸から大阪のヨガスタジオでマイソールクラスに週6日通い、そこのスタジオでの練習、ヨガ仲間との練習は私にとって大切な時間で、毎日の日課であるマイソールクラス通いから自宅での練習に切り替えること、一人での練習に切り替えることはとても辛くて悲しかった。だから 腰を怪我している状態で、その場の先生のアドバイスも自分では求めていないのだから、いやむしろ、無理な練習を強いられた、と思っていたからそんな彼への怒りと恨みの気持ちがあったから、ヨガスタジオで練習しているのに、孤独で寂しくて、痛くて辛くて、どんどん心が弱っていく自分に気づいた時、3年近く通っていた毎朝のマイソールクラス通いを辞め、自宅で一人で練習することを決意したのだった。

自宅で一人の練習を始め、本当に心から信頼している先生に習いに行こう、と決め、腰の痛みと向き合いながら練習を続けてきた。

心から信頼している先生との練習はそれだけで、自分の心が開いているので、先生のアジャストメントは体が素直に受け入れるし、言葉でのアドバイスも素直に聞ける。そして信頼している先生の下で練習をともにする練習仲間と毎日練習はできなくても たまに練習を見てもらい、残りのほとんど毎日は一人で練習し与えられた宿題を一人で向き合い、取り組んで練習していくようになった。

そんな中で腰の怪我をしてから1年が経過し、自分での練習の取り組み方や、体に良いと思われるロルフィングのセッションを受けてみたり、接骨院に通ってみたりしていたけど、まだ完全に治りきらず、いろんな治療法を模索していた時に「ヨーガ療法」という言葉に出会った。

普段からのアシュタンガヨガの練習を続けならがら、カイロプラクティック的な治療法も試しながら、ヨーガ療法の学びをスタートさせることになった。

私はヨーガ療法、ヨーガセラピーという名前を聞いて、まず、思い浮かんだのは、「私の腰の痛みに有効な治療法になりえるかもしれない」「何か特別なアサナをして痛みが軽減したり、治る治療法なのかもしれない」と思って講座に申し込んでいた。

 

だけど、ヨーガ療法のカリキュラムがスタートして、習ったのは、 「今体に現れているその痛みや病気、苦しみは その痛い、苦しい、と認識している心の考え方、とらえ方からきてるのでは?」という考え方だった。

私が腰を怪我するレベルまで自分の体の声を聴けなかったのは、自分の強い、「前に進みたい、認められたい、自分を認められるようになりたい」「足りない、今の私では不十分だ」「もっと前へ、前へ」の強いこだわり。

そのこだわりはどこからきているのか?なぜそのように思うようになったのか、 心の傾向が言葉となり、行動となり、習慣となり、そして疾病や怪我として肉体に現れる。

ではその強いこだわりに気づくことや 認識、認知の修正をヨガの哲学への学びや簡単なアサナ、そして呼吸法、瞑想によって修正していきましょう。

といった教えだった。

認定ヨーガ療法士になるまで3年の月日を要し、毎月の課題や論文、パワーポイントでの発表など、普段のアシュタンガの練習とは全く異質の課題に取り組まなければならなかったけれど、ヨーガセラピーの学びは私にとってとても大きいものだった。

腰の怪我は治るまで、結果的には2年かかり、ヨーガセラピーの学びの過程と治療のおかげで腰痛への向き合い方、練習の仕方も変わっていった。

私は油断するとついつい、「前へ前へ」の意識や目標達成への願望、ついつい、目の前のアサナへのチャレンジに心が奪われがちになる。

でも大事なのは 呼吸、今の自分の心、体の中がどのように感じているのか、感じること、そんな意識に引き戻し、落ち着かせせてくれるのがヨーガ療法、ヨーガセラピーの練習だ。

昨日も西宮のヨーガ・ニケタンの朝ヨガに行って木村慧心先生の朝ヨガにいって与えられたお題について瞑想をしたり、ヨーガセラピーのアサナを学んだ。

普段はアシュタンガ・ヨガの先生や仲間といるけれど、ニケタンのヨガの先生や仲間との再会もまた色んな気づきや学びがあって楽しい。 本当は1つのヨガの流派にどっぷり浸かりきるほうが本来の姿かもしれないけれど、それぞれのヨガの流派の違いや集まる人のキャラクターの違い、すこし離れて客観的に見て自分の練習や毎日の生活に落とし込んでいくのが今の私には合っているように思う。

 

10月15日から 神戸、摂津本山でそんなヨーガセラピーのクラスを始める機会に恵まれることとなった。

また、神戸の地でヨーガ・セラピーを多くの人とシェアできたらなあ、と思う。

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朝ヨガに行く前の武庫川の風景。 ちょうとこの日はムーンデイ。

 

 

 

 

 

 

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