ヴィッパーサナ瞑想合宿

もう帰ってきてから随分と日にちが経過してしまったのだけれど京都までヴィッパーサナ瞑想の修行に行ってきた。 昔から10日間、喋ることを禁じられ、ひたすら瞑想に励むヴィッパーサナという瞑想の修行コースがことは聞いたことがあったのだけど、当時の私は10日間も誰とも喋らずひたすら座って瞑想修行なんて、とてもじゃないけど、行く気になんてなれない、と思って一ミリも自分が参加しようなんて気持ちが起こらなかった。

それがどういうわけか、2シーズン前のマイソール滞在からご縁のあった友人の一人からこの瞑想修行の話を聞いて、2シーズン前はまだ行く気になれなかったのが前回のマイソールでなぜかその友人に詳しくヴィッパーサナの話を聞きたくなり、インドいる時から実際に自分が参加することを考えはじめ、はじめは秋に行くつもりだったのが、なぜかもっと可能な限り早い時期に行きたい、と思って申し込むことにした。

10日間、朝の4時から起きて4時半から夜の9時までの瞑想修行、実際に自分がやり遂げられるのか、内心心配で回りの人達にはヴィッパーサナに行くことは言っていたけれど、途中で挫折して逃げ出したりしたらかっこ悪いなぁ、とか思っていたので後で回りの人にその話をしたことを後悔したくらいだった。

アシュタンガヨガの練習を始めて10年以上が経過し、思い返せば10日間も丸々練習を休んだことが本当に1度もなかったので、自分が練習を休んで耐えられるのか、練習したい欲求に耐えられるのかとも思ったけど、終わってみれば、10日間練習しなくても、全く携帯電話などのインターネットを使わなくても、1日12時間とかの瞑想もその状況に置かれれば、案外できてしまうものだな、と思った。

10日間、誰とも喋らない、というのも先生に質問することや、何日かおきに先生から瞑想の状況を確認される時には話をするし、コースマネージャーというコースの管理者の方に話する分にはOKだったので、全く一言も喋らないわけではなかったし、6人部屋の初対面の人達との相部屋での生活は喋ることを禁じられているほうが帰って余計な気を遣わずに済んで心地いいくらいだった。 毎晩の講和の中で最後の9日目の午前中には沈黙のルールは解かれるので本気で一生懸命瞑想修行できるのは8日目までです、と言われていたのも、納得がいった。 人と喋らず、インターネットにも一切触れず、ひたすら自分の心と体を静かに瞑想していく時間はとても集中できる時間で人と喋ることで一気に集中の質が落ちたことも明白に実感できたのが面白かった。

お喋りもメモも禁止、新聞や本などの読み物もコース中は預けなければならかったのも一見厳しいルールでドン引きしてしまうくらいだったけど、実際にはあらゆる面で瞑想に集中できる環境づくりへの配慮だったのだな、と思った。 そしていかに普段の自分が思考ばかり、頭で考えることに忙しく、余計なエネルギーを集中する方向とは逆の方向に使っているな、ということにも気がついた。

ヴィッパーサナの瞑想法は瞑想の指導や講和を聞く中で、 ふと、これって普段の練習で先生から教えられていることと共通しているな、 と思う点が多々あり、座ってじっとする瞑想でも絶えず動きながらするアシュタンガヨガの練習中での瞑想でも、私が鍛錬しなければいけないことは同じだった。 普段から何も外からの情報ばかり取り込むんじゃなくて自分の中に答えがあるのになぁ、と先生から言われている言葉が脳裏に蘇り、わざわざ練習もクラスも休んでガチ修行に来て同じこと言われている、と自分の愚かさが内心こっぱずかしかった。

でも10日も練習から離れてひたすらガチ修行な瞑想生活は参加してみて私にとってはとても目から鱗が落ちるような経験で、参加して良かったと思える経験となった。

1日2食(朝ごはん、昼ごはん)と夕方のフルーツとお茶の時間がコース中の私の一番の楽しみの時間だった。玄米ごはんがおいしくて手作りであろう梅干しも美味しくて玄米なんて、どんぶりみたいな大きなお椀にたんまり食べていた。瞑想だけしていて体はほとんど動かしていなかったのにやたらとお腹が空き、どんぶり飯でも満腹にならず、それでも帰ってきて体重を測ったら3キロは痩せていてビックリした。 ピュアなベジタリアン生活は私の体は喜んでいたように思う。 他の参加者は便秘に苦しんでいた人も多かったようだけど、私の場合は全くそんなこともなく、修行僧のような生活を楽しんでいた。

帰ってきてから練習を再開して前屈はいけるけど、後屈では全然背骨が思うように動いてくれないことにビックリはしたけれど、まぁ、これも時間をかけてゆっくりと練習で戻していけばいい話だ。 10日間も練習しないと筋肉が落ちるかな、と思ったけど筋肉は思ったほど落ちなかった。でも脊椎の固まり具合は自分でもビックリな固まり加減。 今日で練習を再開して4日目だけど、まだ普段の状態に戻すのには時間がかかりそうだ。

以前なら一刻も早く戻したかったけど、なぜかそんなに焦る気にならないのは、これってちょっとは瞑想による変化なのかぁ、とか思う。

昔から聞いていた、ヨガの練習は瞑想をするためのじっと静止して座るための体づくりのため、瞑想しやすくするため、という教えも実感として持てるようになった。 長いこと練習しているけれど、まだまだ体づくりが足りていない。 また機会が合えばコースに参加しようと思う。 アシュタンガヨガの練習と瞑想修行を並行して続けていければもうちょっと心穏やかに安定した人になれそうな気がしている。

普段の生活でも少しでも習ったことを実践するように鍛錬していけるように頑張ろう。

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